第13回日本遺伝子診療学会 公開シンポジウム2023 レポート

2024.02.15

第13回日本遺伝子診療学会
遺伝子診断・検査技術推進フォーラム 公開シンポジウム2023
ゲノム医療 私たちが目指すもの:第4部 ゲノム医療と市民

2023年12月14日(木)に東京・お茶の水で日本遺伝子診療学会が主催する「ゲノム医療 私たちが目指すもの」という公開シンポジウムが開催された。そこでは「ゲノム医療と市民」というセッションが設けられ、全国がん患者団体連合会理事長の天野慎介さんと、AMEDゲノムPPIから3つの研究班のリーダー武藤香織さん、長神風二さん、吉田雅幸さんが講演をした。ここでその概要を紹介する。

ゲノム研究・医療と患者・市民参画──武藤香織さん

セッションの先陣を切ったのは武藤香織さん。PPI(研究への患者・市民参画)の定義、日本での現状と課題などを、先を行く国の例も紹介しながら振り返った。
まず、PPIの定義は様々な説明がなされているが、様々な文献の共通項を整理したR. L. ハリングトンの2020年の定義を紹介。「研究プロセスのすべての段階における、積極的で、意義のある、協力的な患者と研究者の相互作用であり、互いの特有の経験、価値観、専門性を認識しながら、パートナーとしての患者の貢献によって研究の意思決定が導かれること」。大事な考えとして「一緒に価値やゴールを共有して、良い研究を目指していくこと」であると強調した。一方で日本医療研究開発機構(AMED)や医薬品医療機器総合機構 (PMDA)の定義には「一緒に」のニュアンスが薄く、研究者が患者らの声を「一方的に利用する」ような表現になっていることに懸念があると指摘。
実際、日本では、PPIの理念がまだ浸透しているとは言い難いそうだ。国レベルの計画などを見ていくと、2015年からPPIに関する記述が入り、2016年、2017年と前進していくが、2019年の計画の草案にはPPIの記載がなかった。PPIに関心のある委員がいればよいが、無関心な人ばかりだと抜け落ちる程度の不安定さがあるのが現状だ。2023年秋にAMEDが研究資金公募の申請書にPPIに関するチェック項目と記載例を入れたところ、その記載例の体裁に合わせようと「連携していることにしてほしい」といった連絡が患者団体に入っているそうだ。
また、PPIに関しては議論も実践も先を行く英国で課題になっていることが、日本でも課題になっていることが紹介された。それは議論に参加する人が「社会的経済的に恵まれている人」に偏るという点。最も耳を傾けるべき相手は苦しい状況にある人であるべきだが、こうした方々に参画を求めるのは現実的に難しい。「意見を言うことができる状態の人たちの声だけを聞いて、PPIをしたとなっていないか」と武藤さんはまとめた。

患者(市民)・患者団体として──天野慎介さん

27歳のときに悪性リンパ腫を発症した天野さん。2000年の当時は5年生存率が50%の時代だ。幸い、2回目の再発時に分子標的薬のリツキシマブを使うことができたが、「この薬(の承認)が間に合わずに命を落とした患者さんもいる」と天野さん。海外では使われている治療薬が日本では承認前などで使えないといったドラッグラグ・ドラッグロスは患者を苦しめている。天野さんは患者団体の理事として活動し、患者の願いを研究や政策決定の場に届けている。2016年の改正がん対策基本法では全国の患者団体からの要望を受け、希少がんや難治がんに対しては「研究の促進について必要な配慮がなされるものとする」という文言が盛り込まれた。これは、患者の声が届いた成果の1つだ。天野さんはゲノム医療において本来は車の両輪として進むべき「ゲノム解析」と「現場の意識や患者の思い」が、本当に両輪になっているかという問題提起をした。たとえば、遺伝性腫瘍と診断されると遺伝カウンセリングが受けられることになっているが、大きな病院でもカウンセラーがいないなどまだ現場の体制は整っていないという。
さらに武藤さんも指摘した「議論に参加するメンバーの偏り」を天野さんも指摘した。「ゲノムは本質的に多様であるのに、それを議論するメンバーが偏っていないか」という指摘は重い。

東北メディカル・メガバンク計画における市民との接点〜多様な市民と多様な参画〜──長神風二さん

天野さんが患者の立場からPPIを実践する人であるならば、長神さんは科学コミュニケーションの専門家・実践者として研究者の側から市民に向き合った人だ。長神さんは東北メディカル・メガバンク計画(ToMMo)の設立準備の段階から今も広報や倫理、企画などの担当者としてかかわり続けている。2013年5月に本格スタートしたToMMoは、宮城・岩手の一般住民15万人に協力してもらい、三世代コホート・地域住民コホートを構築し、その成果としてバイオバンクを構築しようというもの。地域住民の協力は不可欠だ。長神さんらは本格スタート前の2012年から市民との対話を行ってきた。講演では震災の影響が生々しく残る現地で、市民とどうコミュニケーションをとって来たかを具体的に紹介。「被災者という弱い立場の人を利用しているだけではないか」といった声を受けたり、意見を異にする市民グループと対話を行ったことも紹介された。計画が動き出してからも市民からの問い合わせや意見を聞く電話窓口を数年にわたって維持し続けた。
長神さんら専門スタッフを擁して市民との対話をていねいに行っているToMMoではあるが、長神さんはまだ課題はあるという。それは調査に協力してくれる市民を「自力で調査に対応ができる人」にしている点だ。聴覚障害者や視覚障害者などが参加しにくい状態になっている。弱視の方でも読みやすいよう、黒地に大きな白文字で書いたパンフレットを用意するなど工夫はしてきたが「まだできることがあるのではないか」と考えているという。そして、何より「市民」があまりに多様で、自分たちのしてきたことは「一例」にすぎない

長神さんの話はどれも具体的で、被災地の首長や被災者である参加者の声には「はっ」と胸に迫るものがいくつもあった。詳細はぜひ下のリンクから別記事を読んでほしい。

みんなでつくるゲノムのこと──吉田雅幸さん

最後に演壇に立った吉田さんは遺伝子診療を専門とする医療者・研究者で、AMEDのPPIに関する研究プロジェクトの代表者でもある。吉田さんの最初のスライドは、左に白衣のゲノム研究者、右に市民が数人いる漫画。研究者たちの吹き出しには「今、進めたいのは個別化医療としてのゲノム医療」「個別化医療に必要なゲノム研究」「ゲノム編集を利用したゲノム医療はまだ先の話」とあり、市民・社会の側は「ゲノム編集でデザイナーベビーを作ろうとしている!?」とある。吉田さんは「医療者・研究者と市民・患者・社会にギャップがあるのはわかっている。それをどう解消すればいいのか」と講演を始めた。
吉田さんはこのシンポジウムの1カ月半前にアメリカ人類遺伝学会に参加し、PPIに関するいくつかの発表を聞いた。その1つが新生児の全ゲノム解析研究。アドバイスを受けて同意書の文章をシンプルで平易なものにするなどしたところ、参加者の割合がほぼ倍になり、とくに親の学歴が大卒未満のグループでは8.3%から65.6%と著しく増えた。「説明の文書が理解できるものになっていなかったということ」と吉田さん。「海外ではPPIが学会発表の演題にもなっている」とも指摘した。
では日本ではどうか。ゲノム研究者への調査では、PPIの認知度は7割近くと高かったが、その7割のうちさらに7割は「関心はあるが実施していない」だった。さらに、研究のどの段階でPPIが重要と思うかを尋ねたところ、「参加者の募集」は約8割と高いが「研究テーマと目的の優先順位付け」「研究テーマの設定」などは4割に達していない。研究への参加者募集(リクルーティング)に関心が高いというこの結果に吉田さんは「悪くはないが、もっと多彩なPPIがあることを知ってほしい」。AMEDのプロジェクトで吉田さんが作成を目指している研究者向けの研修内容では、「事例を多く知ってもらうことで研究にPPIを組み込んでもらえるようにしたい」と語った。

4人が講演を終えたあとのディスカッションでは会場からの質問に答える形で、天野さんは「患者・市民」と並べて語られることの多いPPIの別の課題に言及した。NHKで治療薬の話をしたときに、その高額さから「保険適用から外すべき」「適用患者を絞るべき」など“声”が「わっと来た」と天野さん。「医療者・研究者と患者の目指す点は一致していても、患者と市民とでは利害関係が対立することもある」という側面を紹介してくれた。
また、AMEDのプロジェクトとして武藤さんがテーマとする「ゲノム医療・研究パートナーとしての市民・患者人材育成プログラム」への質問に対しては「皆が天野さんのように政策決定の場で意見を言えるような人になる必要はない。同意説明書の文章をわかりやすくすることへの参加だけでも十分」。さらには、長神さんが講演で紹介した「(自分への医療に役立たなくても)子や孫のためになるなら」とバンクへの参加を決めた人のように「本質を理解して研究の価値を共有してくれる人を増やすこと。(人材育成とは)薄っぺらい“リテラシーの向上”などではない」と武藤さんは話した。

この公開シンポジウムに参加すると、主催の日本遺伝子診療学会だけでなく、日本人類遺伝学会や日本遺伝カウンセリング学会といった関連学会が認める専門医などの資格更新単位が得られる。このため、医療現場にいる方々や検査の解析をしている方々が多く参加する“勉強会”の側面が強い。9時50分から17時20分まで、昼食時も講演を聴きながらお弁当をいただくという充実した内容だった。「ゲノム医療実装の現状」「ゲノム情報を有効に活用するために」「遺伝統計学のこれまでとこれから」といったこの分野のホットトピックに加えて設けられたセッションが、ここでご紹介した「ゲノム医療と市民」だ。医療現場や検査・解析に携わる方々に向けて、市民参画の話をしたのは非常に意義のあることだった。