みんなでつくるゲノムのこと──吉田雅幸さん

2024.02.15

最後に演壇に立った吉田さんは遺伝子診療を専門とする医療者・研究者で、AMEDのPPIに関する研究プロジェクトの代表者でもある。吉田さんの最初のスライドは、左に白衣のゲノム研究者、右に市民が数人いる漫画。研究者たちの吹き出しには「今、進めたいのは個別化医療としてのゲノム医療」「個別化医療に必要なゲノム研究」「ゲノム編集を利用したゲノム医療はまだ先の話」とあり、市民・社会の側は「ゲノム編集でデザイナーベビーを作ろうとしている!?」とある。吉田さんは「医療者・研究者と市民・患者・社会にギャップがあるのはわかっている。それをどう解消すればいいのか」と講演を始めた。課題はギャップだけでない。研究者・患者・市民のそれぞれに理解度と医療・研究への距離感に多様性があるという。
吉田さんが代表となっているAMEDのプロジェクトでは武藤香織さんが「ゲノム医療・研究パートナーとしての市民・患者人材育成プログラム」、長神風二さんが「市民・患者がゲノム医療・研究に参画・継続するための各界のリテラシー向上方策の検討」、そして吉田さんは「多様なPPI実践のためのゲノム医療・研究者啓発プログラムの開発」を研究テーマにしている。

海外ではPPIが学会の演題になる

吉田さんが出席した2023年11月のアメリカ人類遺伝学会では、PPIをテーマとした発表がいくつかあった。PPIが機能した例としての発表は、新生児の全ゲノム解析研究に関してのPPI。コミュニティアドバイザリーボードのコメントを受け、同意説明書の文をシンプルで平易にしたり、アンケートの文言を修正したり、いくつかの変更をした。その結果、研究参加者は全体で6.9%から13.8%に高まった。よく見ると、親の学歴が大卒未満の層では8.3%から65.6%と大幅に増えていた。「説明の文書が理解できるものになっていなかったということ」と吉田さん。
ほかにも全ゲノム解析検査を受けたがん患者に対して、がん以外の疾患にかかわる遺伝子に解析結果を知りたいかどうかの意向確認の話。バイオバンク登録時に治療薬などがある病的バリアントの情報を知りたいかどうかの意向を聞くと、聞かなかった場合に比べ実施率が2.9倍になったという、登録時の意向を聞くことの重要性を示す話があった。吉田さんは「海外ではこうしたことが学会の演題になりうる状況」と説明した。

日本の研究者にPPIはどこまで広がっているか

では、日本はどうか? 吉田さんの研究室のメンバーが実施した調査によると、ゲノム研究者でPPIを「認知している」と答えた人は67.4%。しかし、この67.4%の人のさらに67.4%(もとの母集団の約45%)は「PPIに関心はあるが実施していない」という答えだった。PPIを実施したことがあると回答した10人に何をしたかを尋ねると「同意書の作成に意見をもらう」「研究テーマの設定」「結果の周知・公表」「一般向け科学イベントの実施」など。さらに、研究のどの段階でPPIが重要と思うかを尋ねたところ、「参加者の募集」は約8割、「患者情報と同意書の作成」は6割弱になるものの「研究テーマと目的の優先順位付け」「研究テーマの設定」などは4割に到達していない。研究への参加者募集(リクルーティング)に関心が高いというこの結果に吉田さんは「悪くはないが(参加者の募集以外の)もっと多彩なPPIがあることを知ってほしい」。吉田さんが作成を目指している研究者向けの研修内容では、「事例を多く知ってもらうことで研究に組み込んでもらえるようにしたい」という。PPIの実施が困難な理由としては財源で、「研究資金の何%を割り当てるようにするとか、そういう方向にする方法もある」。
AMEDのプロジェクトでは、吉田班・武藤班・長神班の研究者のほかに、患者や市民が参加するラウンドテーブル会議を3回実施し(2023年12月14日現在)、「ゲノム研究・医療ELSIの現状と課題」「遺伝的特徴・情報に基づく差別とは?」など、テーマを決めて議論している。
「まだまだオンゴーイング」としながらも、「PPIに関連する多様なステークホルダーの理解と共感を高めていくことが、ゲノム医療など日本の科学技術の推進に役立つことを今まさに実感しながら進めている」と締めくくった。